桜守子のつぶやき
 
新幹線と景勝桜  
2005年4月
 

 先日、久しぶりに黒部市内を車で通ったとき、新幹線の建設がずいぶん進んでいることに驚いた。新幹線が通ることは決まっていたものの、何も変化がないうちは「いつになるやら…」という感じにしか思えなかった。だが、実際に線路が目に見えるようになってくると、ようやく実感がわいてくる。
 以前、知人たちと黒部のまちについて話したことがある。まちづくりを考えるとき、「その土地が一番輝いていた時代を大切にするとよい」と言われるが、黒部の場合それはいつで、何を一番大切にしたらいいのか、と。
「輝いていた時代」はなかなか出てこなかった。無理もない。この土地は長く黒部川の氾濫に悩まされてきた。新しい文化を築くことは難しかったに違いない。近年、治水技術が発展してようやく農業が安定し、扇状地内にYKKなどの国際企業が進出するようになった。もしかしたら今が一番いい時代かもしれない。知人たちとの会話はそんなふうに落ち着いた。
そして間もなく新幹線がやってくることで、川の氾濫に悩まされてきた黒部は、最高の時代を迎えることになるのかもしれない。そしてかつてない変化を迎えることにも。

 ニューヨークタイムスの記者、トーマス・フリードマンが書き、数年前に話題になった「レクサスとオリーブの木」という本がある。
彼は来日した際に、トヨタの無人工場でレクサスを製造している様子を見てその技術に驚き、その後、移動の電車の中で見た新聞で、オリーブの木の所有権をめぐって戦いを繰り広げている記事を読み、ハッと気づいたという。
『世界の国の半分は冷戦を抜け出して、よりよいレクサスを作ろうと近代化路線をひた走り、グローバル化システムのなかで成功するために躍起になって経済を合理化し、民営化を進めている。ところが、世界の残り半分−ときには、ひとつの国の半分、ひとりの個人の半分、ということもある−は、いまだにオリーブの木の所有権をめぐって戦いを繰り返しているのだ』(レクサスとオリーブの木より)
 「レクサス」と「オリーブの木」は、現代の象徴。冷戦終了後、レクサスの無人工場に象徴されるように世界経済は大きく発展してきたが、私たちに心のアイデンティティーを与える「オリーブの木」、つまり家族や共同体、故郷がなければ生きていけない、とフリードマンは言うのだ。
 黒部にとっての「レクサス」、つまり発展の象徴が「新幹線」だとしたら、「オリーブの木」にあたるのは、先日サクラワークショップが復活させた「景勝桜」といったところだろうか。
 フリードマンはさらに続ける。冷戦システム下では、オリーブの木に脅威を与えるものは、別のオリーブの木だった。しかし現在は、オリーブの木に対する最大の脅威はレクサスだという。経済発展や合理化の下、オリーブの木が倒されて整地されてしまっては、私たちの心の拠り所となるはずの故郷が均質化された世界になってしまうからだ。
自分たちの土地が発展していくことは地元にとっては大きな喜びだ。だが、全国各地、どこへ行っても同じような顔の景色が続くことを、私たちは決して望んではいない。
新幹線がやってくることで、ビジネスチャンスも大きく広がるだろう。だが一方では、私たちにとっての「オリーブの木」を意識して守ったり育てていくことも大切なことのはずだ。
市町村合併や新幹線建設などで激変しようとしている黒部で今、サクラワークショップが景勝桜を復活させたことの意味は大きい。戦国時代に由来を持つ景勝桜は、黒部が誇る自然の象徴であり、私たちの心の拠り所になってくれるはずだ。

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