桜守子のつぶやき
 
桜散る  
2005年1月
 

ワークショップでの北山リーダーは、ひときわ目立って見えた。
何しろ誰よりも大きな体と大きな声で、誰よりもよく体を動かす。
慣れない手つきでスコップを使っている人がいれば、
「そんなんじゃ、桜が3日で倒れるな」と言いながら、
いとも簡単に土を掘り出してあげる。
宴会では陽気に飲んで笑い、オヤジギャグを連発し、
最後には合唱団で鍛えた美声を披露する。
誰よりも気配り上手、盛り上げ上手な人でもあった。

その北山リーダーが、57歳で急死した。
夜中にトイレにたった後、心筋梗塞で倒れたのだという。
驚いて駆けつけた葬儀には、会場に入りきれないほどの人たちが集まっていた。

義理で来ている人はほとんどいないようだった。
北山リーダーは桜だけでなく、
山、合唱、野球などいろいろな活動をしており、
どの分野でも同様に仲間たちから慕われていた。
「桜を一緒に植えたときに・・・・」
「一緒に酒を飲んだときには・・・・」
だれもが北山リーダーとの楽しい思い出があり、
思い出を話しながら、涙を流していた。

多くの趣味や友人を持ち、本当に心豊かに生きた北山リーダー。
これからももっといろんなことを一緒にやるのだと、だれもが思っていたのに・・・。
桜のように、みんなの心に花を咲かせ、
桜のように、花の盛りに一瞬で散ってしまった。

葬儀会場を出ると、外は今冬初めての本格的な雪になっていた。
大粒のぼたん雪はまるで、桜の花びらのようにヒラヒラ舞っていた。


「たった1本の桜」のために 
 
 「成人を記念して桜を植えたいのですが」「初老を記念し、同級会で植樹を考えています」−。
 サクラネットを立ち上げて約半年。掲示板に意外と多いのが、「桜を植えたい」という書き込みだ。それらの大部分は、成人、初老、卒業など人生の節目を記念している。
 見るだけでも楽しい桜だが、自分のために桜を植え、育てていくことは、また違った喜びがあるのだろう。先日、桜エッセイを書いてもらった方々に、「寄稿記念」として1人1本ずつ桜を植えてもらったが、ほとんどの方が「自分の桜だと思うと毎日水をやりに来たくなる」とうれしそうに話していたのが印象的だった。
 サン=テグジュペリの「星の王子さま」に、こんなエピソードがある。こちらは「1本の桜」ならぬ 「1本のバラ」のストーリーだ。
 ふるさとの小さな星で美しい1本のバラの世話をしていた王子様は、ある日、旅で訪れた地球に何千本もの美しいバラが咲いているのを見て、愕然とする。「ふるさとの星に咲く1本のバラだけが美しい花だと思っていたのに、他にもこんなにあるのか」
 だがそのうち、目の前にあるたくさんのバラより、自分が手入れをしてきたバラのことが気になるようになる。「あんたたちは美しいけど、ただ咲いているだけ。あの一輪の花がぼくには何より大切なんだ。だってぼくが水をかけ、風が吹けばついたてを立て、夜は寒くないようガラスをかぶせたバラなんだから・・・」。王子さまは、自分にとって何より大切なのは、華やかなたくさんのバラではなく、自分が育ててきたたった1本のバラなのだと悟る。そしてそれが、自分の心に幸せをもたらすのだ・・・と。
 「たった1本のバラ」は、私たちにとって家族であり、仕事であり、ふるさとであるかもしれない。他と比べると足りないところがあっても、自分が時間をかけて育ててきたものだ。
 人生の節目にふと立ち止まったとき、自分にとって特別な桜を植えたくなるということは、そのような今まで大切にしてきたものを愛しむ気持ちがあるからではないだろうか。
 黒部のあちこちで「たった1本の桜」が植えられ、やがて花を付ける。私たちの心の中にも幸せな風景が広がる。

<< 戻る

トップページへ戻る