【郷土史家 八木均】

黒部市三日市小学校の樹齢100年の桜


幾多の卒業生を見送ってきた黒部市三日市小学校のソメイヨシノ

 黒部市立三日市小学校旧正門の東側に1本のソメイヨシノの古木がある。今年も活き活きとした満開の桜を鮮やかに咲かせ、歳月の風格を偲ばせている。
 この桜は当初7〜8本が校舎の南北に並んでいたが、現存の1本は最後に残ったサクラであり、地上1mの幹回りが約265cmである。
 現在の校舎の前身がこの地に建築されたのは大正12年(1923)10月である。戦後(太平洋戦争)には、現校舎の正門である北側にもソメイヨシノの桜の木が植えられるなど、桜に由来する三日市小学校であった。学校の校章は井戸の井桁を菱形にあしらい中に5枚の桜花びらを核にし、真ん中に桜井の荘の「荘」を刻んだ校章である。
 このソメイヨシノの1本の古木は、森丘正民さんという純真な青年教師が植えたものだ。その由来を、正民氏の娘である根建和歌さん、姪の寺尾その(三日市大町)さん、甥の森丘實さんから伺うことができた。

 明治末期に三日市尋常高等学校の教師を勤められた森丘正民さんは、明治40年は代用教員、同41年は準訓導でこの年の12月に現生地小学校に転任された。(三日市小学校資料より)
 正民さんは中新の豪農、森丘彦の三男として生まれ、長兄に桜井町初代町長の正唯がいる。森丘さんは初めて貰った初任給を何に使えば良いか思案をしていたが、先輩教師から初めていただいた給料はなにか記念になる物にお金を生かすことだと聞かされた。
 画家を目ざす芸術の心を持ち、その言葉を真撃に受け止めた森丘さんは、三日市は古くから「桜井の荘」といわれた故事来歴から、我が学び舎の(当時は現黒部市役所敷地内で)敷地内に桜の木を植えた。その後、大正期に校舎は現三日市小学校所在地に移転したが、ソメイヨシノも敷地内に移植された。このように純真な青年教師の記念植樹された桜は樹齢95歳のソメイヨシノの古木であり、幾多の卒業生徒を見送ってきた。
 三日市小学校の近所に住む元教師だった寺尾さんは、子供の頃に学んだ教室の額のガラスに満開の桜がそよそよと揺れる様を見て、心が和んだという。このソメイヨシノを見る度に伯父である森丘正民さんを偲び、桜の長寿を願っているという。
 正民氏はその後、画家として夢を断ち切れず東京の芸術大学に進まれた。

黒部の歴史桜井の庄景勝桜|新任教師が植えた桜|