【元富山大教授 長井真隆】

かつて上杉景勝ゆかりの桜も


 黒部市は、古くから桜とかかわりを持ったまちである。有名な能の「鉢の木」に登場する、鎌倉時代の北条時頼と佐野源ヱ衛門常世の物語は、古くから黒部とかかわりがあると言い伝えられてきた。桜井庄は常世が北条時頼から授けられた地所だと言われ、それを郷土の誇りとしてきた。

 天神社の馬場の桜(現黒部市民会館敷地・エドヒガン)はそのゆかりの桜だとされ、付近に常世の記念碑も建っている。黒部市の前身である「桜井町」の町名は、この桜井庄に由来している。また、富山県立桜井高等学校や黒部市立桜井中学校、桜井建設のように、学校や企業の名前に桜井を冠したものも多数あり、桜に対する市民の思いには深いものがある。

 また戦国時代に上杉景勝が天神山(現魚津市)に救援に向かう途中、宿陣した三島野の麻地屋新ヱ衛門の庭の満開の桜を嘆賞したと伝えられている。この桜はエドヒガンの大木で、後に「景勝桜」と呼ばれるようになり、黒部市の文化財にも指定されていたが、昭和の中ごろ朽ちてしまい今はない。推定樹齢800年と言われていた。



住民の熱意で黒瀬川桜堤が復活


 一方、桜並木を見ると、かつて石田の「黒瀬川桜堤」が有名であったが、昭和50年代に河川改修で姿を消した。しかし、住民や関係者の熱意によって、平成11年に桜堤が見事に復活した。以前の桜はソメイヨシノであったが、今度は寿命の長いシダレザクラに替わった。標高約10mの単木「百代シンボル桜」と、約100株の中齢木が植えられている。

 また宮野山の桜並木は昭和38年に植樹されたものだが、今は立派に成長し、花の季節には多くの市民が集いにぎわいをみせている。この桜並木は1000株のソメイヨシノとヤエザクラが植えられており、その見事さから「とやま花の名所」に指定されている。


「花のある工場」目指したYKK


 そのころ昭和30年代に黒部市に進出したYKKは、ソメイヨシノやヤエザクラを植樹し、花のある工場づくりを目指した。現在、これらの桜は順調に生育し、春には工場はもちろんのこと、吉田川の川縁を満開の桜で飾っている。

 市内でもっとも古い桜並木は、昭和の初めに植えられた、沓掛の黒部川河川公園の桜づつみである。平成になってからは黒部まちづくり協議会のサクラワークショップが「一万本桜植樹運動」を展開し、若栗堤や新川牧場などに桜を植えている。

 このように桜と歴史的なかかわりがある一方、最近では都市間交流の花の使者としても注目を集めている。友好都市北海道根室からチシマザクラが送られてくる一方、姉妹都市の米国・メーコン市との桜国際交流も活発に行われている。