エッセイ私と桜
 

立山の桜

 
高志山の会  名誉会長
亀村 兼介
 

山を愛し、山に学び、山と共に人生を歩む、北日本ナチュラリスト同好会前会長でもある亀村さん。山行の折りには、事前学習はもとより、山での自然観察・解説に熱がこもります。

  月下旬、名水を飲みたくなって、私の山仲間、黒部市吉田科学館の柴田勝萬、黒部まちづくり協議会の松野健作の両氏を頼って黒部市を訪れた。娑婆にこれ程おいしい水があるのかと思うほどの味がして存分に水のみの梯子をして歩いた。

 午後から宮野公園と黒部右岸の堤防桜堤の桜並木を見せてもらった。

 桜の花の季節ではなかったが、春は見事な花見ができたことだろうと思った。

身近においしい水があり、豪華欄満の桜が見られる黒部市民は本当に幸せである。

 私は、おいしい水を飲むと条件反射のように古い記憶の中から墨絵のような桜を思い出すのである。

 終戦直後の昭和21年7月、中学の級友と二人ではじめて立山登山をした。雨とガスの中、粟巣野駅から称名滝、弥陀ヶ原と歩き続け、美松坂に来た。若さで元気な私たちもほとんど休みなしに登ってきたのでバテ気味であった。登山道を横切って流れる水場があったので、腰をおろし水腹になる程飲んだ。疲れがふきとび、気力が充実するのがわかる程うまかった。

 ふと山腹の方を見ると濃いガスの中に白く浮かぶように桜の花を見た。こんな高山に桜があるはずはない。桜の花は春に咲くものだと思っていたので、その時は、疲れで幻でも見たのであろうと記憶から薄れていた。

 私の人生における最初の立山登山は、悪天候で頂上には登れず、ずぶぬれのみじめな敗退で終わった。これに懲りず、これから60年間山登りというビョウキに取り付かれ今日にいたっているが、山でおいしい水を飲むと、きまって少年時代、立山の美松坂で見た桜の花が頭に浮かんでくるのである。

 乳白色のガスの中、おぼろに見た桜、淋しげだが、凛として孤高の品があった。

 後年、高山植物に興味を持ち、図鑑でタカネザクラという高山性の桜があることを知り、私が見たものは幻ではなかったことがわかった。

 「願わくは花の下にて春死なむ その如月の望月の頃」と歌った西行は、たぶん春のヤマザクラを見たのだろう。

 しかし、私は今でも春の桜よりも高山のタカネザクラを見たときに私の心は西行の心に共鳴するのである。 
 

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