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桜一本のぜいたく |
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元NHK富山放送局長 |
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寺島 衛
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「桜一本のぜいたくをしたい!」2年先輩のディレクターが、桜見の最中に言った言葉だ。 所は職場のすぐ近くにある大阪城。昼食時を利用して、同僚4、5人で桜を楽しんでいた。みんなすでに中年のラジオ・テレビ番組のディレクター。それぞれ担当する番組は違うが、差別や人権・障害者教育・生涯学習など神経を使う重いテーマが専門だった。単身赴任者がほとんど。自分自身の世話にもいささか飽きとストレスを抱えていたと思う満開の桜は、ささやかな充足感と開放感を与えてくれていた。 「桜の名所はどこがいいの?」「西行の生き方にも魅かれる」だの桜連想談義も盛りあがっていた。そして、「だけど桜1本、オレの庭にほしい。桜1本のぜいたくをしたい。これ、許されない?」連れの1人が発した。 しばらくの沈黙、やがて全員の賛同。みんな一瞬のうちに、自分なりの絵を思い描いた。誰もどんな絵になったかは言わないが、自分だけの世界が、そこにはある。小生の絵には少々の酒と一冊の本も添えられていた。生涯の許されるぜいたく、何か希望らしきものを覚えたものだった。 定年もとうに過ぎ、故郷黒部で妻との2人暮らし。小さな庭はあるが、桜はない。ここへ来てから気付いたことがある。 自分だけの桜1本、それだけで十分なのだが、そのぜいたくも共有してくれる者がそばにいないと完全とはいえないのではないか・・・。 いま、うば桜が庭で草むしりをしている。うば桜1本のぜいたく、これに優ぐるものはないと思うこの頃。
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