エッセイ私と桜
 

二代目「千島桜」のこと

 
元黒部市立三日市小学校長
中谷 隆一

黒部市と姉妹都市の根室市から移植した千島桜。中谷さんが愛情と熱意を十分に注ぎ、無事黒部に根付くことができました。

 千島桜の「花」を初めて見ることができたのは平成8年4月であった。
 昭和60年代に根室市(姉妹都市)から黒部市に千島桜の苗木が贈られた。黒部市は苗木が黒部の風土になじむようにと願い移植した。苗木の活着と育成に4年位かかったという。
 平成3年の春、約1,2mばかりに伸びた苗木が市内の各学校に配られた。各校では贈られた主旨を生かすべく大切に育てた。ところが、苗木は次第に枯れてしまうところがでてきた。三日市小学校の苗木も花をつけずに5年の春に枯れた。
 千島桜のことを調べてみた。京都の植藤造園の第16代 佐野籐右衛門氏が、書物の中で「祖父・父・私と三代、大正期の中頃から調査研究育成を続けてきたが、北方系の野生種の仲間だけに気候風土の違うところで育てるのは難しい。」と話されていた。
 いつの日にか、根室の方が黒部に見えたとき「千島桜」の一花で、お迎えできればと思い、急遽、二代目の苗木を求めることにした。知人を介して5年の暮れにようやく道南の園芸店で三株(千島桜は株立ち)用意できた。だが、すぐには届けられないという。どの株も民家の生け垣から分けてもらうので再来年の秋まで待てという。一株ごとの出生地は道東、道央、道南の桜だがいいかといわれた。
 平成7年11月、三株の苗木が送られてきた。学校の北側に一株、東側に二株、真夏の日差しが弱く高温多湿でない所を選んで植えた。
 平成8年4月中旬、どの木も数は少ないが淡泊紅色で端正な感じの花を見せた。二代目の苗木でようやく「花」を見ることができた。
 今年は黒部に根づいて8回目の開花が4月中旬、20日頃と思われるが、どうだろう。



 

 

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