連載コラム
富山と北陸のサクラを巡る
富山県中央植物園で勤務する大原隆明さん。サクラの品種分類の研究を続け新種の発見をしたこともあるサクラ分類の第一人者。日本の野生種が全てそろっているという富山県を舞台に日夜研究に汗を流しています。このコーナーでは、そんな大原さんに県内のサクラを紹介していただきます。


第5回サトザクラ「シラユキ」
2006年3月
 
写真1
富山県に多いエドヒガンの花
(富山市北代で撮影)

 今年も気づけば3月中旬、彼岸間近です。サクラ好きなら彼岸といえばエドヒガンという野生種のサクラを連想しますが、このサクラが富山県で咲くのはもっとも早い個体でも3月下旬、ソメイヨシノが開花する一歩手前という頃です。図鑑には「本州から九州に広く分布する」と書かれることが多いエドヒガンですが、実際にはこのサクラの自然分布は地域的な偏りがあり、どこでも普通に見られるサクラではありません。ここ富山は全国的に見てもエドヒガンが多い地域のひとつで、全国的に見てもこれほど全県的にこのサクラが見られる県は珍しいのではないでしょうか。

 エドヒガンは長命なサクラとして有名です。その樹齢は1000年以上におよぶといわれ、巨桜や名桜と呼ばれるエドヒガンの老木が全国に残っています。サクラ関係の取材を受ける時に「このような有名なサクラの個体の中で印象に残っている木はなんですか?」という質問をよく受けますが、じつは私にとってはこの質問が一番困ります。というのも、私はサクラのシーズンには自分の研究対象としているマメザクラやチョウジザクラといった小型のサクラを追い掛けるのに必死で、名桜といわれるサクラは2つしか見たことがないからなのです。その数少ないものが、富山県宇奈月町の「明日(あけび)の大桜」と兵庫県養父市にある「樽見の大桜」というエドヒガンの巨木です。

 富山県の方にとっては県内屈指の名桜といわれる「明日の大桜」は説明するまでもないかと思いますが、「樽見の大桜」のほうは御存じの方は少ないのではないでしょうか。このサクラは樹齢1000年と推定される老樹で、もっとも樹勢が盛んだった江戸時代には全国によく知られたサクラだったそうです。

  私がこの木を見たのは1990年、鳥取大学の4年生になったばかりの春でした。暖かな陽気に誘われて大学の研究室を抜け出し、悪友のボロ車を鳥取から1時間走らせて到着したのですが、今ほどのサクラブームではなかった当時は訪れる人も少なくひっそりとしたものでした。車を停めて山道を歩く道すがら、本当にここでいいのかと不安になるほどでしたが、しばらく進むと大きな機材を重そうに背負った初老の紳士の姿が見え、ああ、やっぱりここでいいんだ、と安心したのを覚えています。話してみるとこの方はわざわざこの木の撮影のために来られた東京の写真家とのことで、まだ力の有り余っていた私たちは荷物の一部を担って一緒に山道を登りました。

 20分ほどした頃、急に視界が開け、高みにこのサクラが現われた時にはそれまで弾んでいた話がぴたりと止まりました。左右不対称なのにもかかわらず、不思議に見る者の心を奇妙な安心感に導く白い花の泡。そして、これほど咲き誇っているのにまばらな人影。近付くと舞い散る花びらの音さえはらはらと聞こえそうな静寂に満ちた、時間が止まったような空間でした。霜雪を経て生き延びてきたサクラだけがもつ、そんな不思議な時空を作り出す力を感じるために、人はサクラの巨樹に会いに行くんだなあ、と感じました。
その翌春に私は鳥取を去り、このサクラとももう会うことはないかと思ったのですが、転居先の東京で思わぬ形で再会しました。書店の本棚でふと手にとった写真集の中で、その写真家の方が撮影した、あの春の咲き誇ったサクラに出会ったのです。幸せな瞬間が閉じ込められたこの本は今でも私の宝物で、サクラの咲く前のこの季節になると本棚から取り出しています。本の中に刻印されたあの時間に身を置いて、開花前のそぞろになる気持ちを落ち着けるのです。エドヒガンを副題に伏した村松健さんのピアノ曲「僕の心の田植え唄 -エドヒガン揺れる日に-」をBGMに流しながら。

 なんだか今回はずいぶんセンチメンタルな文章になってしまいましたが、これも別れと出会いの季節のせいということでご容赦下さい。この4月からは黒部市と宇奈月町が合併して新たな一歩を踏み出しますね。今年は新生黒部市の「明日の大桜」の下で、この春を心に刻みたいと思っています。


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