連載コラム
富山と北陸のサクラを巡る
富山県中央植物園で勤務する大原隆明さん。サクラの品種分類の研究を続け新種の発見をしたこともあるサクラ分類の第一人者。日本の野生種が全てそろっているという富山県を舞台に日夜研究に汗を流しています。このコーナーでは、そんな大原さんに県内のサクラを紹介していただきます。


第5回サトザクラ「シラユキ」
2006年2月
 

 前回お伝えした記録的な大雪は峠を過ぎたものの、ここ富山ではまだまだ雪の舞う日々が続きます。そんな中、テレビやインターネットのニュースでは、今年も沖縄県で日本最初のサクラが開花したというニュースが流れていました。毎年このニュースを聞くと脳裏に井上陽水さんの「5月の別れ」という曲が流れます。2月なのになぜ5月?、といぶかしく思われる方もあるかもしれませんが、実は今から10年ちょっと前のこの季節に、沖縄県の今帰仁(なきじん)城に咲き誇る赤いサクラの花をバックに俳優の仲代達也さんが歩くという、某ビールメーカーのコマーシャルがあり、そのBGMとして流れていたのが「5月の別れ」だったのです。サクラの映像と一緒にその美しいメロディーが耳の奥に焼きついてしまっているのです。

 この沖縄県の日本で最初に咲くサクラの正体はカンヒザクラです。和名は「寒緋桜」の意味で、その名のとおり赤みの強い花が早くから咲き、萼筒(がくとう)が太く大きな釣鐘のような形をしているのが特徴です。この萼筒の中にはたくさんの蜜が溜まるため、開花中にはメジロなどの野鳥がこの蜜を求めて集まってきますが、たいていの場合、蜜を舐めるのに夢中な彼らの顔はカンヒザクラの花粉のおしろいを塗りたくったように黄色くなっています。それもそのはずで、普通のサクラはマルハナバチなどによって花粉が運ばれるのですが、カンヒザクラは鳥によって花粉が運ばれるように進化した鳥媒花(ちょうばいか)だというのです。カンヒザクラの赤い花色は色彩に敏感な鳥類に向けた看板であり、ほかのサクラよりも質が厚くて大きな萼筒は鳥の大きなくちばしに合わせた食器という訳なのですね。

 鳥によって花粉が運ばれるように進化した植物は亜熱帯から熱帯に多いのですが、カンヒザクラもまた、台湾や中国南部に分布する亜熱帯のサクラです。日本では沖縄県に多く植えられ、一部に自生状に生育しているものがみられるようですが、これについては本来の自生とする説と、栽培されているものが逃げ出したものと考える説の2説があり、まだどちらなのか決着はついていません。また、典型的なカンヒザクラの花はややすぼみ気味に開き、全体として釣鐘のような形になるのが普通ですが、沖縄で栽培されるものはソメイヨシノなどと同様に花がかなり平らに開き、花色もやや淡いことから「リュウキュウカンヒザクラ」として区別するべきだとの考えもあります。私は残念ながらカンヒザクラの開花時期に沖縄を訪れたことがないのでなんとも言えないのですが、沖縄県の「リュウキュウカンヒザクラ」の写真を見ると、花の色や形以外にも差異があるように見える点があることから、もしかしたらカンヒザクラとそれ以外のサクラの交雑によって生まれたものかもしれないという想像も膨らみます。いつの日か2月に沖縄を訪れ、調査してみたいものです。

写真3
写真3

 さて、このような亜熱帯性のカンヒザクラですが、本州でも時折栽培しているのを見かけることがあります。インターネットで検索するとよく「関東地方以西の温暖な地域では屋外で育つ」と書かれた文章が見つかりますが、実はここ雪国の富山でもちゃんと屋外で育つのです。画像1および2は中央植物園の屋外で雪除けもなしに育っているカンヒザクラの花時の様子ですが、毎年このように南国風情に満ちた美しい花を楽しむことができます。ただし、開花時期は沖縄と同じように冬というわけにはいかず、3月後半となってしまいます。

  サクラワークショップの八木さんの調査によれば、黒部市内でも桜井高校の校庭などでカンヒザクラが育っており、美しい花が見られるとのことです。まだソメイヨシノの開花しない早春の寂しい校庭に咲き、巣立っていく卒業生たちの「3月の別れ」を見守る桜井高校のカンヒザクラ。今年はぜひこの目で確かめてみたいと思っています。

 

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