連載コラム
富山と北陸のサクラを巡る
富山県中央植物園で勤務する大原隆明さん。サクラの品種分類の研究を続け新種の発見をしたこともあるサクラ分類の第一人者。日本の野生種が全てそろっているという富山県を舞台に日夜研究に汗を流しています。このコーナーでは、そんな大原さんに県内のサクラを紹介していただきます。


第5回サトザクラ「シラユキ」
2006年1月
 

 「新たしき年の初めの初春のけふ降る雪のいや重け吉事」

  富山県ではご存じの方が多いかと思いますが、この歌は万葉集の最後を飾る大伴家持の歌です。新年の宴席で降りしきる雪に願いを込めて詠まれた歌なのだそうですが、この歌にみるように古来雪には吉祥の意味があったようです。この原稿は2005年末に北陸本線の車中で書いているのですが、窓の外は降りしきる雪。県内は12月としては20年ぶりの大雪ということですが、この雪ももしかしたら来る年の吉祥を意味しているのかもしれません。今回はそんな願いも込めて雪の名前のついた美しいサクラをご紹介します。

写真1
写真1

 そのサクラの名前は「サトザクラ“シラユキ”」。サトザクラというのは伊豆諸島方面に自生するオオシマザクラという野生種の血を強く受け継ぐ数多くの園芸品種の総称ですが、その100以上あるとされる品種の中でも“シラユキ”は最も白く清楚な花が咲くもののひとつです。サクラといえば淡いピンク色の花を思い浮かべますが、この品種はほぼ純白の花が枝いっぱいにつき、品種名どおり枝に雪が降り積むような独特の風情があります(写真1)。開花時期が遅い品種が多いサトザクラの中では早咲きで、県内ではソメイヨシノにわずかに遅れて咲き始め、ソメイヨシノの花吹雪が舞う頃に満開を迎えます。

写真2
写真2

 “シラユキ”は花色以外にもサトザクラとしては一風変わった特徴があるサクラです。サトザクラの品種の成立には上述のオオシマザクラの他、ヤマザクラやオオヤマザクラという野生種が関与したと推定されますが、これらの野生種の花の萼筒(がくとう)はあまり膨らみがないので、サトザクラのほとんどの品種の萼筒もあまり膨らみがみられません。しかし、“シラユキ”の萼筒には例外的に明らかな膨らみがあるのです(写真2)。これはこの品種がサトザクラとしては珍しくマメザクラの血を引いているためではないかと考えられます。マメザクラは富士山周辺地域に多く自生している野生のサクラで、その名前どおり全体が小型ですが、1枝あたりの花の数が多いため華奢な美しさを感じるサクラです。“シラユキ”の雪が降り積むような風情も、マメザクラから引き継いだものなのかもしれません。

写真3
写真3

 この美しい“シラユキ”、私も大好きなサクラのひとつなのですが、残念ながら県内ではあまり植えられている場所がありません。私の職場である富山県中央植物園にはソメイヨシノのトンネルの西端に雪傘のような樹型の“シラユキ”が1本あり(写真3)、毎年当園でお花見を楽しまれるサクラ通の方の間で密かな人気があります。全国的にもこのサクラの並木というのは聞いたことがありませんが、県内のどこかで群植できないものでしょうか。雪の立山連峰をバックに、「赤毛のアン」の中に登場するリンゴの「喜びの白い道」のような光景が現出すれば、全国から春の雪を楽しむ観光客が訪れるようにも思うのですが・・・。

 

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