連載コラム
富山と北陸のサクラを巡る
富山県中央植物園で勤務する大原隆明さん。サクラの品種分類の研究を続け新種の発見をしたこともあるサクラ分類の第一人者。日本の野生種が全てそろっているという富山県を舞台に日夜研究に汗を流しています。このコーナーでは、そんな大原さんに県内のサクラを紹介していただきます。


第4回クロベを巡る冒険2
2005年12月
 
図1

 今月も謎の「黒部山桜」の正体を探るお話の続きです。先月は葉の写真を撮って、というところまでお話しましたね。その時の葉の画像が図1です。「なんで裏側から撮影しているの?」と訝しく思われる方もあるかと思いますが、サクラの種類を見分ける時には葉裏の色が大きなヒントになる場合があるのです。画像をよく見ると、全体に白みを帯びているのが分かるでしょうか。特に葉脈沿いの部分はロウを塗ったような白さが目立つのですが、このような特徴を持つ日本産の野生種のサクラはヤマザクラという種類だけです。つまり、「黒部山桜」はヤマザクラの血を引くサクラだということが推測できるのです。

 葉の様子をいろいろ撮影した後、落ち葉数枚をもらって帰途につきました。葉裏の色以外にも、葉の縁の鋸歯(きょし)の形と、脈や葉柄(ようへい)の毛の状態が、サクラの種類を見分ける上で重要なヒントとなるのですが、これらの特徴は細かい視点での観察が必要です。そこで、植物園の自分の机でじっくり腰を落ち着けて見てみよう、という魂胆です。植物園に到着後、まずは厚めの本の間に葉を挟み、その上に軽く重石を当てました。その間に暖かいお茶を入れ、それを飲みながら待つこと15分後、いくぶん平坦になった葉を白い台紙の上に置いて撮影した写真が図2、3です。

図2

 図2は葉の表から撮影した鋸歯のアップ画像です。鋸歯とは縁にあるギザギザのことです。この形がサクラでは種類ごとに違っているのですが、この画像を見て「黒部山桜」ではどのような特徴があるか分かるでしょうか。まず大事なのは単鋸歯(たんきょし)といって、一つ一つの鋸歯が独立していることです。サクラの中にはこのように単鋸歯である種類と、一つの鋸歯の中にさらに細かい鋸歯がある重鋸歯(じゅうきょし)である種類とがありますが、このような単鋸歯は野生種ではヤマザクラやオオヤマザクラに見られる特徴です。ここからも、「黒部山桜」はヤマザクラの血を引く可能性が高いといえそうです。しかし、純粋なヤマザクラでは1個1個の鋸歯はごく低くて内側に向くのに対して、この画像を見ると「黒部山桜」の鋸歯はやや高く、少し外向きに広がっているのが分かります。このことから、「黒部山桜」は純粋なヤマザクラではないことが分かります。では、ヤマザクラ以外にどのような種類が関与しているのでしょうか? ここで注目して頂きたいのが、鋸歯の先端が少し糸のように長く伸びていることです。日本の野生種でこのような特徴をもつものは、オオシマザクラだけなのです(オオシマザクラの葉は桜餅に使われているので、機会があれば食べる前に観察してみて下さい)。つまり、「黒部山桜」はオオシマザクラの血も受け継いでいるといえそうです。

図3

 さらに、図3は葉の表から撮影した中央の主脈部分のアップ画像です。中央に上下方向に走っている白っぽい溝のような部分が主脈なのですが、この上に黒っぽい剛毛があるのが分かるでしょうか? このような毛はヤマザクラやオオヤマザクラ、オオシマザクラには見られません。ということは、さらにほかの種類が関与している可能性が高いということになります。先に述べたように葉縁の鋸歯が単鋸歯であることから、著しい重鋸歯となるマメザクラ類やチョウジザクラ類はやはり関係したとは考えにくいですし、この部分以外には毛がまったくないことからは全体が多毛なエドヒガンも関与した可能性は低そうです。となると、富山県ではもっとも普通に見られる野生のサクラであるカスミザクラが捜査線上に浮上してきます。

 以上のように、葉から読み取れる情報を駆使すると、「黒部山桜」はどうやら、ヤマザクラ、オオシマザクラ、カスミザクラの血を複雑に引き継ぐサクラと言えそうです。これを書いている今朝、富山では今年初めて雪で街がうっすら白くなっていますが、「黒部山桜」もきっとこの雪の中で来春を迎える準備を整えていることでしょう。来春は満開の頃にこの木を訪ねて花の情報を読み解きたいと考えています。来年が皆様にとっても花咲くよい年となりますよう、お祈りいたします。

 

バックナンバー
 
【著作権について】
当コラム内で提供されるすべての情報や画像などの著作権は情報提供者(大原隆明氏)に帰属します。
大原隆明プロフィール


トップページへ戻る