連載コラム
富山と北陸のサクラを巡る
富山県中央植物園で勤務する大原隆明さん。サクラの品種分類の研究を続け新種の発見をしたこともあるサクラ分類の第一人者。日本の野生種が全てそろっているという富山県を舞台に日夜研究に汗を流しています。このコーナーでは、そんな大原さんに県内のサクラを紹介していただきます。


第2回ジュウガツザクラ
2005年10月
 

 長引いた今夏もようやく完全に影を潜め、秋本番の十月がやってきました。この月になると毎年本棚の奥から取り出すことが習慣になっている1冊の本があります。アメリカの著名なSF作家、レイ・ブラッドベリの「十月はたそがれの国(October country)」という短編集。高校生の頃に初めてこの本に出会った時には、タイトルからこの作家の後期の作品群が持つファンタジックな内容を想像したのですが、実際には彼の作品のもう一つの特徴であるセンチメンタルでグロテスクな幻想と怪異に満ちていて、奇妙なギャップを感じたのを覚えています。ハロウィンが今月末にあるように、欧米人にとっては死の世界(冬)がすぐそこまで迫っている遭魔が時(おうまがとき)、という印象があるのかもしれません。それに対して、ここ富山の十月は明るさに満ちていて、高く澄んだ「青空の国」の呼称が相応しい月のように思います。

 今回お話しするジュウガツザクラも、この秋の青空がよく似合うサクラで、名前通り十月に開花するサクラとして有名なものです。このサクラはやや膨らんだ短い萼筒(がくとう)や斜上する毛が多い花柄(かへい)、そして葉は小型で縁にやや深い二重の鋸歯(きょし)があるなど、野生種のマメザクラとエドヒガンの両種の特徴をあわせもっているため、春に咲く園芸種のコヒガンと同様にこの両種の間に生じた園芸品種と考えられます。このため、分類学上はコヒガンの園芸品種(Prunus subhirtella “Autumnalis”)として扱われるのが一般的ですが、この学名の品種名部分“Autumnalis”には「秋咲きの」という意味があります。この季節になると、毎年マスコミの方から「秋なのにサクラが咲いているのですが」という問合せが多数ありますが、そのおよそ半分はジュウガツザクラです。サクラは春に咲くもの、という固定概念が強くて、秋咲きのサクラは奇異な印象を与えるのでしょうね。

 ジュウガツザクラは秋咲き性のサクラとしては、富山県内では最も広く栽培されているものです。私の職場である富山県中央植物園にも比較的大きな5本の木があり、秋には時ならぬ可憐な花を楽しみに来園される方が多数おられます。秋咲き性のサクラにはこのジュウガツザクラ以外にも、コブクザクラ、シキザクラなど数種類があるのですが、ジュウガツザクラは淡い紅色の細長い花弁が10〜15枚あること、短い雄しべの中心から雌しべが長く突き出すことが特徴で、この特徴を確認すれば上述のほかの秋咲きの種類と識別が簡単にできる、、、と信じ込んでいました。しかし、実は北陸にはこの特徴をあわせ持っている「ケンロクエンシキザクラ」という謎の園芸品種のサクラがあります。品種名通り金沢の兼六園に植えられている秋咲きのサクラで、写真で見る限りはジュウガツザクラに非常によく似ています。現に兼六園では現在では「ジュウガツザクラ」として扱っているようですが、一方でサクラの園芸品種のコレクションで有名な静岡県にある国立遺伝研究所では異なるものとして別に扱っているなど、混乱が見られる謎の多いサクラです。富山県内では立山町にある富山県林業試験場にこの名前のサクラが栽培されていますので、この秋には一度このサクラの花の実物を調べてみようと考えています。また、何か新たな情報が得られた場合には、このコラムでお伝えしたいと思います。

 いずれにしても、ジュウガツザクラは北陸の冬を迎える前の爽やかな季節によく似合うサクラですが、サクラワークショップの八木さんによれば、黒部市内では残念ながらあまり植えられている様子がないとのこと。どこかにこの木を何本か植えて、高い秋の青空の下でお花見を楽しめる名所があってもいいのではないかなあ、と思っています。

 

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