連載コラム
富山と北陸のサクラを巡る
富山県中央植物園で勤務する大原隆明さん。サクラの品種分類の研究を続け新種の発見をしたこともあるサクラ分類の第一人者。日本の野生種が全てそろっているという富山県を舞台に日夜研究に汗を流しています。このコーナーでは、そんな大原さんに県内のサクラを紹介していただきます。


八月のタカネザクラ
2005年9月
 
 はじめまして。今月より連載させて頂くことになったこのコーナーでは、黒部市や富山県のサクラに関する話題をご紹介していく予定です。第1回目のタイトルは「8月のミネザクラ」。元ネタを白状すると、この秋に公開される山崎まさよし主演の映画「8月のクリスマス」です。この映画、県内の高岡市がロケ地となった作品で、何人かの友達がエキストラ出演しているので公開が楽しみなのですが、なんと言ってもこの「8月」と「クリスマス」という逆説的な単語で構成されたタイトルに惹かれるものがありまして、よし、今回はこれで行こう!と思った次第なのです。

写真1
(写真1)
写真2
(写真2)
 言うまでもなく、普通に考えれば「8月」と「サクラ」という単語は映画のタイトル同様、相反する言葉ですが、実はここ富山県ではまんざらそうでもなく、実際に年によっては8月に咲くサクラが存在しています。そのサクラこそが「ミネザクラ」。別名をタカネザクラともいいますが、「峰」や「高嶺」の名を負う通り亜高山帯を中心に生育する高所性のサクラで、時に標高2800mのハイマツの茂みの中でも見かけることがあります。花の萼筒(がくとう)がややぽってりとした鐘状の筒形で花弁は平らに開ききらないこと(写真1)や、葉は花と同時に伸びだして縁に深く明らかな二重鋸歯(きょし)があること(写真2)がこのサクラの特徴で、ダケカンバが生育するような高所の低木林でこのような特徴があるサクラを見かけたら、まずミネザクラと思って間違いありません。 世界共通名である学名はPrunus nipponica。Prunusはサクラ属を表す属の名前、種を表すnipponicaは「日本の」の意味ですから、もちろん日本語に直せば「日本のサクラ」。ある意味では、日本を代表する野生のサクラといえるかもしれません。

 ミネザクラの分布域はサハリン南部、千島南部、北海道、本州中北部(奈良県大峰山以北)ですが、富山県内では県東部の高所のみに生育しています。黒部市では僧ヶ岳の山頂付近に自生があり、6月上旬に開花します。この頃の僧ヶ岳中腹ではまだ残雪が多いために登山にはアイゼンが必要で、登山馴れした人達だけが楽しむことのできるまさに「高嶺の花」ですから、黒部市民でもご覧になった方は少ないかもしれません。富山県で気軽に観察できる場所としては弥陀ヶ原から室堂にかけての黒部立山アルペンルート沿いがあり、6月中旬から7月上旬に室堂へ向かう高原バスの窓越しに時ならぬ花を楽しむことができます。雪の吹きだまりになるような場所ではこれよりもさらに開花が遅れ、残雪の多い年には8月上旬まで青い夏空をバックに花見を楽しむことができるというわけです。

 私が初めて富山県でこのサクラを見たのは、黒部湖から立山に上がる途中の黒部平周辺でした。ロープウエイから眼下に見下ろす桜色の茂みに「うわあ!」と思わず歓声を上げたのを昨日のことのように覚えています。まだ東京に住んでいる学生の頃で、まさか自分が富山県に住むなどとは考えてもいない頃のことでした。十数年を経た今、あの時ミネザクラ越しに眺めた黒部川が流れ着く街・黒部市のサクラワークショップさんのホームページに原稿を書かせて頂いているというのも、なにか不思議な縁を感じます。来月以降も、サクラの王国・富山県で出会った印象的なサクラをご紹介していきたいと思いますので、よろしくおつき合いをお願いいたします。

 

バックナンバー
 
【著作権について】
当コラム内で提供されるすべての情報や画像などの著作権は情報提供者(大原隆明氏)に帰属します。
大原隆明プロフィール

バックナンバー一覧へ戻る

トップページへ戻る