エッセイ私と桜
 


「映画バカ」の青春

 
 釣りバカ日誌13・監督 本木克英(富山市出身)
 
 


「釣りバカ、映画館でみんなおしゃべりしながら楽しんで見てました」と言うと、「そういう映画が作りたかったんです」と本木監督。今後の作品も楽しみです!

 ここだけの話だが、私は桜を見ると後ろめたいものを感じてしまう。
 映画界に入って間もないころ、勅使河原宏監督の下で助監督をしていた私は、「豪姫」撮影のため京都に滞在していた。撮影を行った円山公園は言わずとしれた桜の名所。勅使河原監督も当然目を付け、クライマックスシーンで満開の桜を使うことになった。スクリーンでの効果を高めるためには、実際に咲いている桜だけではなく人工的に花びらを散らさなくてはならない。本物にこだわる勅使河原監督は花びらも本物を使うことを決め、その「桜集め」が6人いた助監督のうち最年少だった私の仕事になった。
 助監督にとって、監督の言うことは「絶対」だ。桜の枝を折ることは非常識なことだと分かっていても、とにかくやらなければいけない。花見客がうっとりと花を愛で、浮かれ気分で酒を飲んでいる喧騒の中、私は1人、枝ぶりのいい桜を物色した。そして夜が更け、照明が消えたころを見計らい、狙いの枝を「失敬」した。撮影本番、私は集めた桜の枝を懸命に揺らし、花びらは役者たちを引き立ててはらはらと宙を舞った。
 だが、桜のたたりだったのだろうか。その春の京都で、私は将来を共にするかもしれなかった女性から別れを告げられた。今考えてみれば無理もない。当時の私は何があっても仕事優先で、彼女との約束もドタキャン続き。夜中に人目を避けて桜の花を盗みにさえいくほどだったのだから。
 映画の世界では、「桜狙い」と言われるくらい桜は重要な小道具の一つだ。私が監督をした「釣りバカ日誌12」でも、課長にふんする谷啓がお遍路さんになって巡礼するシーンで、台本にはなかった桜を幸せの象徴として取り入れた。
 京都でのほろ苦い思い出が頭をよぎったからというわけではないが、助監督には「桜の枝をとってこい」とは決して言わなかった。
(談)

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