エッセイ私と桜
 

咲き誇る

 
京都デザイン研究所 代表
川口 直木
 

ご本人の希望により、顔写真非公開がとっても残念な、ダンディーな紳士川口顧問。魅力あるまちづくりのプロのコーディネーターとして、いつも飾らない率直なアドバイスをくださいます。

St.ニコライ大聖堂
春があふれていた。

光が風になって満開のサクラをふるふると揺らしていた。

日曜日の午後、ぼくたちはニコライ堂で待ち合わせた。

中学生のくせにぼくは背伸びをして背広を着ていた。

ネクタイをするのに一時間もかかった。

電車を乗り継ぎお茶の水で降りた時、まだ一時間も早かった。

聖橋から、眼下の川の辺を行ったり来たりする赤い地下鉄や、

きらきらと風に揺れる堤の木々の緑や、

ビル群の上に広がる大きな青い空をそわそわと眺めて待った。

やっと時間が来た。

緩やかな坂を下り、教会の門をくぐった。

ロシア聖堂の前庭、あふれるサクラの花の下に、

彼女はまぶしく立っていた。

初めての二人きり。

どんな話をしたのだろう。

話などしなかったのかもしれない。

うす紅色の花びらが一枚、ひらひらと降ってきて彼女の肩にとまった。

それをはらおうかと迷った。

結局、恥ずかしくてはらえなかった。

何もできず迷うばかりのもどかしい数秒。

その長いけれど瞬く間に過ぎた時間。

時めきの日々。

あれからもう数十年の歳月が夢のように逝った。

彼女はあのまちでまだ暮している。

ぼくは遠く離れ、わけのわからぬうちに今を暮している。

流離の果てに知った。

人生で最高に咲き誇っていたのは、あの一瞬の若い時代だった。

かけがえのない、いちばん輝いているその時に、人は何もできない。

もどかしく迷いながら、風にのって流れる花びらのように、

戻らぬ季節を足早に終えていく。

咲き誇るサクラが人の心をうつのは、

今がいちばん美しいと気付かないまま、

いつのまにか散って行く、

その儚い切なさを思い出させるからだろう。 
 

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