エッセイ私と桜
 

桜のまなざし

 

音訳ボランティア

西村 好美
 

市報や市議会だよりなどの情報をカセットテープに収録する「声のボランティア」の西村さん。三日市WSのメンバーでもあります。桜から受けられた暖かいまなざしと同じように、目の不自由な方々もきっと、西村さんの声からあたたかな何かを感じ取られていることでしょう。

サクラWSからいただいた枝垂れ桜

「大きくなってね!」

  黒部川の左岸に、知る人ぞ知る桜の名所がある。 黒部市 沓掛の古い小さな堤防に、およそ三十本の桜が植えられている。

 花見の季節には地元の人たちの手でぼんぼりが飾られ、こぢんまりとした場所ながら賑わっているようだ。この地区の川下の村に暮らす私にとって、遠くから眺めることの多い桜だったが、一度だけ、母と夫と三人で夜桜を見に出かけたことがあった。

 今から十数年前のことで、その頃、私はある病で何とも心もとない状態だった。

 多分、私が桜を見に行きたいと言い出したのだったろう。母が花見弁当を作ってくれて、夫の運転で向かった。・・・そこには誰もいなかった。

 今もはっきりと思い出されるのは、誰もいない夜の桜の木の下で、私たち三人がささやかなご馳走を食べている光景だ。

 そして、その時、夫と母に守られているという安心感と共に、背後に暗く、大きく、あたたかい確かな「気配」を感じていた。

 それは、私たちを見守る桜のまなざしだったと思う。人が植え育てた木は、また同時に人を見守っているのだろう。その土地に深く根を張り生きている姿は、そこに生きる人間をじっとあたたかく見つめ続けているようだ。

 先日、久しぶりに同じ場所に行ってみた。見晴らし台となっている旧国道の跡に登ってみると、そこにも桜が一本、主のように枝葉を繁らせていた。   
 

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