エッセイ私と桜
 

桜の木のツリーテラス

 

陶芸家

米沢越路

みんなで建てた桜の木のツリーハウス。登ると黒部川扇状地を見渡すことができます。

入善町在住の米沢さん。作品から感じるエネルギーの源は、このような自然の中にあるのかも・・・・。

 私の陶房は、黒部川の河岸段丘の淵にある。黒部扇状地から富山湾、そして能登半島まで見渡せる、大変恵まれた土地で私は暮らしている。
 昨年の夏の事、東京でデザインの勉強をしている、ゆう君が訪ねてきた。彼は、この辺で言う「コワクサイ」話ばかりする。「ツリーハウス」の話になり、枯れ始めて切る算段をしていた、山桜の大木があるので「それじゃあ、作ろう」という事になった。
 彼の友人たちも手伝ったが仕事は進まない。どこをどうしたら良いのかわからない。近所のおじさん達や、いろんな人が手伝ってくれ、1週間ほどかかって桜の木に、ツリーテラスができた。桜の木に、足止めの板を打って階段とした。
 その夜、ゆう君はそこにテントを張って一晩寝た。テントでは、満天の星空は見えないが、何を思ったのだろうか。
 私は陶房の横に、最近皆で建てた食事やコーヒーが楽しめるオープンカフェを持っている。子供たちが来ると、桜の木のツリーテラスに登らせる。大木にしがみつき、登り、黒部扇状地を見渡す。これだけの事に子供たちは興奮する。が、そこには、ゆう君が木や林で遊ぶのが初めてなら、子供たちが皆、木に登るのが初めて、という驚くべき事実もある。子供たちが外で遊ばなくなったのは、子供たちが変わったのではなく、ゲームも楽しいが、他にも楽しい事がある事を教えてやれない私たち大人の責任もあるのではないか。
 しかし、与えれば取り戻そうとする若者や子供たちのエネルギーは感じる。若者が何の体験もなく、エネルギーも持たず、大人になれる訳もなく、木登りひとつ出来ない男の子に、男になれとは酷な話だろう。木や森で遊んだ事のない子供たちに、桜の木をいとおしく思い美しいと感じ取れるのだろうか。
 立派な桜の老木は、春には花びらを降らせ、夏にはさくらんぼを子供たちに食べさせてくれる。老いた体で、子供たちを喜ばせてくれる山桜の大木は、彼らと遊びながら何かを話しかけているかのようだ。そして、その姿はとても幸せそうに見えてくる。

 

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