エッセイ私と桜
 

ウラジオストック友好庭園とサクラ

 
富山県造園業組合連合会青年部部長 
野 開 吉 彦

ウラジオストク市内の国立経済サービス大学校内に、日本庭園を作った野開さん。造園業界のボランティアの力で成功させることができました。

 富山県と友好関係にあるロシア・ウラジオストックにおいて10周年記念事業の一環として、平成13年度から2年間をかけて日本庭園を寄贈することとなり、そのボランティアの一員として参加する機会に恵まれました。
 日本庭園の要素としての灯篭・石橋・竹垣等の材料は船便を使用することにより問題はなかったのですが、庭石や特に樹木に関しては税関検査の関係から否応なしに現地での材料の調達を余儀なくされてしまいました。
 日本庭園という性格上、樹木であればなんでもよいというわけにもいきません。シラカバ、モミジそして五葉松のようなアカマツなど、周辺で探し出した樹木で何とか日本庭園を作ろうとしていました。ところが、あきらめかけていた時に、たまたま通 りかかった街道沿いの畑に偶然3本の種類のわからないサクラを見つけました。
 高さが5mくらい枝張りは3mくらいのもので、寸法としては申し分のないものでした。側道からも近く、根巻きをしてトラックに積み込むのはさほど難しいことではありませんでした。
 その畑から現場までは片道1時間30分の距離があったため、多少作業の工程がおくれてしまったということもありました。しかし、そこまでしてもやはりサクラを見つけてしまった以上、これを庭から外すということは考えられませんでした。完成した日本庭園に植えられたサクラをしみじみと見た時、なんとも安らいだ気持でいたのは私だけではなかったと確信しています。
 遠くロシアの地でサクラを探し、植え付けをし、それを眺める。こんな貴重な経験ができたことは、私の人生なかで非常に有意義なものでありました。

 


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